Essay

AIコード生成は"ゲーム"

元ゲーマーのエンジニアが気づいたこと

ゲームをやめたのに、同じワクワクを感じている

昔はゲームが好きでした。RPGもアクションもストラテジーも、ジャンル関係なくやっていた時期があります。

いつの間にか、ゲームを起動する回数が減りました。仕事が忙しくなったのか、単に飽きたのか、正直よくわかりません。気づいたら「ゲームをやる人」じゃなくなっていました。

代わりに増えたのが、AIを触っている時間です。Claudeにコードを書かせて、動かして、壊して、また書かせる。気づくと何時間も経っている、みたいなことが増えました。

ある日、ふと気づいたんです。

「これ、ゲームと同じ楽しさだ」

1

トライ&エラーの快感

「あ、これ試したい」と思ったら、すぐ試せる。この手軽さがたまりません。

たとえばEvent Sourcingみたいな、前から知識としては知っていたけど工数を考えると手が出なかった設計パターン。AIに手伝ってもらえば、週末にプロトタイプを組んでみるくらいのことができてしまう。以前なら「いつかやろう」で終わっていたものに、実際に手を出せるようになりました。

もちろんうまくいかないこともあります。でも、それが不思議とストレスにならない。「じゃあプロンプトをこう変えてみるか」「コンテキストの渡し方が悪かったかな」と、自然に次の手を考えている。

ゲーマーなら覚えがあると思います。死に覚えゲーのあの感覚。ボスに何度やられても、パターンを覚えるごとに「次は行ける」と思える、あの妙な楽しさ。AIコード生成を触っているときの自分は、あのときとかなり近い状態にいると思います。

2

スキルツリーが育つ

うまくいった経験は、次のもっと複雑な挑戦のベースになります。失敗しても、「ここでハマったのはこういう理由か」という理解が残る。どっちに転んでも経験値が入る。

これ、RPGのスキルツリーそのものだなと思います。

プロンプトの書き方、コンテキストの渡し方、AIに任せる粒度の判断。一つずつ経験値が積まれていって、ある日「あ、前はできなかったこれ、今ならいけるな」と感じる瞬間がある。ゲームでレベルが上がって新しいエリアに行けるようになったときに似ています。

しかもこのスキルツリーにはリセットがない。セーブデータが壊れることもない。身についた勘所はずっと残ります。ゲームだと引退したら終わりですが、こっちは積み上げた分だけそのまま使い続けられる。それはちょっとずるいくらい良い話です。

3

クリア報酬が現実世界に返ってくる

ゲームのクリア報酬は仮想世界の中で完結します。レアアイテムを手に入れても、生活が変わるわけではありません。(ゲームの楽しさを否定したいわけじゃなく、あくまで報酬の性質の話です。)

でも、AIコード生成の「クリア報酬」は違います。

試行錯誤の結果、MVPが実際に動くものとして目の前に現れる。「こういうの欲しかったんです」と言ってもらえることがある。自分が楽しんで作ったものが、誰かの役に立つものになって返ってくる。この感覚は正直、かなり中毒性があります。

ボスを倒した瞬間の「やった!」と、プロダクトが想定通りに動いた瞬間の「やった!」は、感情としてはほぼ同じです。ただ、後者には「これで誰かが助かる」というおまけがついてくる。そのおまけが、実はかなり大きい。

ゲームとの決定的な違い — スピードという武器

ここまで似ている点ばかり書いてきましたが、一つだけゲームと決定的に違うところがあります。作ったものを届けるスピードが、そのまま仕事の価値になるということです。

ゲームの速さはタイムアタックのスコアにしかなりません。でも開発の速さは、実際にお金や信頼に変わります。

「作ってる間にニーズが変わった」。スタートアップでは本当によくある話です。AIを使って開発スピードが上がると、この悲劇に遭う確率がかなり下がる。仕様変更の波が来る前にプロダクトを届けられるのは、思った以上に大きいです。

ゲームは基本的に自分の中で完結する楽しさです。AIコード生成は、楽しんでいたらいつの間にか誰かの役に立つものができている。この地続き感が、自分にとっては一番大きな違いでした。

楽しいから続く、続くから強くなる

ゲームの本質って何でしょうか。自分は「楽しいから繰り返すこと」だと思っています。

義務感でやるゲームはもうゲームじゃありません。楽しいから手が伸びて、やってるうちにうまくなって、うまくなるとさらに面白くなる。ゲームが持っている中毒性の正体は、この循環だと思います。

AIコード生成にも、同じ循環があります。

楽しいから触る。触っているうちにプロンプトの勘所が磨かれて、出力の質が上がる。質が上がると、もっと面白いことを試したくなる。

結局、一番長く続くのは「楽しいこと」です。努力とか根性じゃなくて。

ゲームをやめた元ゲーマーは、別のゲームを見つけただけだったのかもしれません。